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SDGs-14、海の豊かさを守ろう【連載|高校生が現代を考える#20】

 持続可能な社会、地球を未来に残すための目標を定めたSDGs。この連載では、17回にわたってその17の目標をひとつひとつ読み解き、向き合っていきたいと思います。現代人によって生み出された多くの問題を解決する責任は全ての人にあります。未来の世代に少しでもよい地球を残すため、ぜひ、当事者の一人として、自分にできることを考えつつ読んでいただけたらと思います。


SDGs 17-Goals Back Number

SDGs-1、貧困をなくそう【連載|高校生が現代を考える #6】

SDGs-2、飢餓をゼロに【連載|高校生が現代を考える #7】

SDGs-3、全ての人に健康と福祉を【連載|高校生が現代を考える #8】

SDGs-4-1、質の高い教育をみんなに【連載|高校生が現代を考える #9】

SDGs-4-2、質の高い教育をみんなに【連載|高校生が現代を考える #10】

SDGs-5、ジェンダー平等を実現しよう【連載|高校生が現代を考える#11】

SDGs-6、安全な水とトイレを世界中に【連載|高校生が現代を考える#12】

SDGs-7、エネルギーをみんなに、そしてクリーンに【連載|高校生が現代を考える#13】

SDGs-8、働きがいも、経済成長も【連載|高校生が現代を考える#14】

SDGs-9、産業と技術革新の基盤をつくろう【連載|高校生が現代を考える#15】

SDGs-10、人や国の不平等をなくそう【連載|高校生が現代を考える#16】

SDGs-11、住み続けられるまちづくりを【連載|高校生が現代を考える#17】

SDGs-12、つくる責任、つかう責任【連載|高校生が現代を考える#18】

SDGs-13、気候変動に具体的な対策を【連載|高校生が現代を考える#19】


 さて、今回のテーマはSDGsの14番目の目標である「海の豊かさを守ろう」です。もとはといえば、僕ら人間が生まれたのも、他の生物が生まれたのもこの地球上に海があったからに他なりません。そんな、生命の根源である海が、有史以来最大の危機に見舞われています。皆さんも一度は海を眺めたことがあるでしょう。あの海の広大さ。僕らの幸福も不安も怒りも悲しみも、強く優しく包み込んでくれる海。人間の手で壊してしまったからには、僕らに修復する責任があります。未来の世代の人々も、海を見て明日への勇気と希望を抱いてもらうために、海の問題について思いを巡らせていきましょう。

日に日に悪化する状況

 今、高校生の僕は、学校で世界史の授業を受けていますが、中国史において歴代の王朝の交代が起こる際に、その発端となっているものの多くは既存王朝への反乱です。暴政、圧政への反乱だけでなく、宗教勢力の反乱という例もあります。しかし、既存の政治に虐げられている人、苦しんでいる人がある点を超えると結集し、力を蓄え、立ち上がるのです。

 これは、至極当たり前の話なのかもしれませんが、日本でも、年貢負担に苦しむ農民、百姓が一揆として立ち上がり、そのまま自治を執り行った例もあります。現在、世界に目を向ければ、自らの権利を求めてデモを行っている香港やタイの若者のニュースは記憶に新しいものですよね。今あるものに疑問を感じれば、悲鳴をあげ、行動を起こすことができます。それは人間の持つ力です。

 考えてみれば、この力は僕たち人間に生まれつき備わっているものなのかもしれません。なぜならば、生まれてすぐの頃は、お腹が空けば泣き、排泄すれば泣き、転べば泣きと自分自身の危機状況に対して悲鳴をあげる本能的能力をうまく活用していたのです。成長して、言語さえ獲得すれば、その危機を知らせる手段が泣くことにとどまらず、多様化しているというだけの話です。

 しかし、環境が悪化している海も、その海の中で暮らしている魚たちも、人間に対して悲鳴をあげてその危機的状況を知らせてくれるわけではありません。広大な海は、静かに人間の悪行を受け入れざるをえないのです。そして、人間は見て見ぬふりをできます。

 この根源的な生態系上のシステムこそ、皮肉なことにも人間を苦しめてしまっています。海まで流れ着き、紫外線によって細かく分解されたマイクロプラスチックを、やがて魚が食べ、ゆくゆくは我々が食べることになるのです。しかも、そのマイクロプラスチックには人体に有害となる物質が付着している可能性があり、食物連鎖のほぼ頂点に君臨している人類は生物濃縮の原理によって危険性が高まってしまいます。やはり、工業化によって暮らしの利便性が増した害は少なからず現れてきているのです。

 その他にも海水温度の上昇という問題があり、熱帯に住んでいる魚の生息可能範囲が広がり、逆に日本近海のような温帯を生息範囲とする魚はより極地へ移動せざるを得ず、これは魚たちの種の存続の問題に発展するのではないかと懸念されます。考えてみれば、地球という環境のもとで、それぞれの生物が自らの種の存続のためにいかに子孫を繁栄させるかという競争を繰り広げてきたのですが、人間が極めて利己的に他の生物を利用してきたがために、他の生物の存続も人間の知的な頭脳を用いて守らなければならないという、なんとも滑稽な現状まで来ています。

知は何のためにあるか

 理論物理学者として高名で、惜しまれつつも今年亡くなられたイギリスのスティーブン・ホーキング博士が、地球の外に存在する知的生命体について聞かれた際に、「では逆に、この地球上のどこに知的な生命がいるのですか」という皮肉をこめて放った発言にこそ、近年の地球規模の諸問題を引き起こした人間の責任の重大さを表しているのではないかと思います。ただ、知能が発達しているだけでは無い、もっと本質的に賢い生命体でありたい、そう思いませんか?

 これほどまでに環境問題が人間や他の生物や地球の存続問題として語られているのは、近年になってからだと思います。おそらく、日本でも高度経済成長期という工業化が急激に進んだ時代には、今ほどの科学もなく、一重に産業の発展に邁進していたと推測されます。工業発展が一息ついて、僕らの生活にも余裕ができた現代だからこそ、このような問題に向き合うことができています。今こそ、僕たちが発展させてきた科学によって引き起こされた様々な問題を、僕たちが発展させてきた科学によって解決すべき時なのです。これは僕たちの僕たちとの戦いなのかもしれません。人間の英知を結集して、解決に向けて取り組みを継続していかなければなりません。

 海は広大であると前にも書きましたが、その広大な海は日本から世界中に繋がっています。つまり、日本で排出された小さなプラスチックのゴミが、遠い異国の地でその威力を発揮する可能性は十分にあり、実際にそのような問題は随所で発生しているのです。まさに、海の問題こそ、世界で連携して解決に向けて取り組むに値する問題ではないでしょうか。

 しかし、マイクロプラスチックを全て回収する事は、現時点では不可能だと考えられており、世界で手を組んで解決に向けて取り組みを始めても太刀打ちできる問題ではないでしょう。世界で一体となって取り組んでも解決できない問題を前にした僕らは全面的に無力に入るしかないのでしょうか。

 日本で、実際に買い物の際のレジ袋が有料化されているように、これ以上プラスチックゴミを増やさないような取り組みがなされています。世界では、日本よりももっと先進的に取り組みを始めている国がたくさんあります。民間でも、ストローを自主的に廃止したり、包装をプラスチックから紙袋に移行したりなど自主的にプラスチックゴミの削減に向けて取り組んでいる企業や団体はたくさんあります。しかしこれらはあくまで、これ以上プラスチックゴミを増やさないための取り組みであり、今現在海にあるプラスチックがなくならないことには本質的な解決には至りません。やはり、科学の発達を待ち、効率的に海のプラスチックゴミを回収するシステムの登場に期待を寄せておくことしかできないのでしょうか。

 現時点では、この問いに答えを出す事は難しいかと考えられます。ただこの問いのように、ある社会問題、環境問題を解決する際に、取られる対策は大きく次の2つに分けられます。1つ目は、最大限解決に向けたアプローチをとること。2つ目は、未来の科学技術の発達をを頼りにし、今は状況が悪化してでも経済成長や利便性の向上を追求すること。この2つの方法は、単純にはどちらが正しいとは決めがたいものですが、後者の未来をあてにする方法は、結果的に短期的な利益を追求する方法であり、これでは人間の長期的な存続の可能性を下げてしまうという懸念が残ります。SDGsの17番目の目標に、世界全体で連携して、17のゴールに到達できるように努力しようというものがありますが、ゴールに到達するだけではなく、その解決方法に関しても議論を重ねて、今、そしてこれからを生きるすべての人にとって有効な手段は何なのかを見出していきたいものです。

個人的な取り組み

 それでは、もう少し近場でマイクロプラスチックの問題について考えていきましょう。だいいち、なぜプラスチックゴミが海にあるのか。海岸に捨てられたゴミや漁業で発生したゴミなど、海上や沿岸部で発生したゴミが直接的な原因だと予測されます。しかし、それだけでなく、海から遠く離れた場所であっても、道端に捨てられたゴミがいつのまにか雨に流され、用水路を流れ、川を流れ、海にたどり着くという可能性だってあります。また、鳥などの動物がゴミを運んで海で落としてしまうという可能性さえあります。海の問題といえど、やはり街全体の問題なのです。

 ここから、ゴミのポイ捨てをやめようなどというよく聞く文言が想起されるわけです。僕たちは物心ついた頃より、「ゴミはゴミ箱に」というのを徹底的に叩き込まれで育ってきています。家庭環境がどうであれ、義務教育の期間中には少なからずそのような意識が植え付けられているはずです。しかし、それでも道を歩けばゴミが落ちているのを目にします。ペットボトルやテイクアウトの殻などです。街に落ちているゴミをゼロにするという目標は、個人レベルの簡単な心がけで達成できる問題でありますが、目先の利益を追求すれば、ゴミ箱が目に入るまで空のペットボトルを持ち続けることは煩わしいわけです。一定数、ポイ捨てが発生することは、倫理的議論を別にしてしょうがないともいえます。

 それなら、多くの人が街のゴミ拾いボランティアに頼りきって生活をするのか。いいえ、それではSDGsの本質から外れてしまいます。SDGsは、ただ暮らしやすい社会をつくるだけでなく、持続可能性のある社会を目指しているからです。

 この解決策を見出すのは少し難しいですが、僕からの提案は「風潮づくり」です。たとえ、面倒くさい取り組みでも、多くの善良なる人が積極的に適応さえすれば、大多数の人がそれに追随するはずです。しかも、それが肯定的な内容だと、なお良いでしょう。

 つまり、「ゴミをポイ捨てしない」という取り組みよりも、「家からボトルを持参する」といったものです。ボトルにお茶をつぐのは確かに面倒くさいですが、保冷性、保温性を考えれば、重宝します。そのような考え方が少しでも広まれば良いのではないかと思います。また、科学の発達も目覚ましいので、一定期間過ぎれば自然に還る素材などが発明される機運がないわけではありません。ゆえに、これらの環境に優しい製品を積極的に活用するという「風潮」も効果があるのではないでしょうか。SNS等で、世界と繋がりを持てる今、風潮づくりは一世代前よりも容易くなっています。あなたの呟き一つが世界をよりよくするかもしれません。

最後に

 今回、「海の豊かさを守ろう」というSDGsの目標に対して、マイクロプラスチックゴミの問題を題材にするのか、海中資源の利用を題材にするのかで凄く迷いました。結果的に、近年、世間の関心を集めているマイクロプラスチックゴミの問題を生物の存続性と照らし合わせて、書いてきましたが、メタンハイドレードなどの海の中に眠っている資源をどう持続可能的に利用するかという問題も僕たちが取り組まなければならないものの1つです。

 SDGsは、多岐にわたって、具体的であり抽象的でもある課題を扱っているため、具体的な問題がすぐに見出せたり、具体的な問題を抽象化したところにある何かがよく見えなかったりなど、課題やその解決に向けて、と考えている中で、僕自身何度も立ち止まることがあります。

 日常生活をしていて、地球規模の問題など考える事は少ないかもしれませんが、ときには1歩立ち止まって遠い地球上のどこかまでつながっている問題と向き合ってみてはいかがでしょうか。海中資源の開発の問題は、日常生活からかけ離れているようで、意外と近くにあるような、取り組みやすく考えるのが難しい問題の1つだと思います。皆さんが持続可能な社会について考えるきっかけの1つになれば幸いです。今回は海の課題でしたが、海のない街に住む高校生がお送りしました。

(文責:NGT @ngt_nanoka)


画像引用元:
外務省『持続可能な開発目標(SDGs)と日本の取組』PDFより
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/SDGs_pamphlet.pdf  (2020.08.05)


 

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